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松下電器産業は2003年3月期にキャッシュフロー重視の経営姿勢を明確にし、大幅な設備投資圧縮や在庫削減などを断行した。この結果、金融資産から有利子負債を差し引いた「ネット金融資産」は前期末で約6800億円と1年間で3500億円程度増加した。 前期の金融資産拡大に最も効果を発揮したのが、買い入れ債務の支払い期間の長期化だ。同社は月末現金払いの原則を松下幸之助氏以来の伝統として堅持してきたが、昨年4月から同業他社並みの90日後支払いに変えた。この変更で捻出した金融資産は1000億円を超えた。 ただ、金融資産(円金利資産)を投資対象としてみた場合、現在の預金は利回りが極端に低いという難点がある。使用総資本事業利益率(ROA)が預金金利よりも高い企業であれば、本業に投資した方が資金の有効活用になる。 新規の設備投資や魅力的な企業の合併・買収案件がすぐに見つからない場合には、自社株買いという投資も考えられる。 株価対策を政府任せにするのではなく、民間が自らの企業価値を高め、投資家の魅力を高める。松下などキャッシュ重視の経営は転機を迎えているのかも知れない。
さて、松下のホームページから決算発表会の模様を見ると、経営目標(指標)の1つに「ネット資金」を挙げていた。有利子負債残高(の削減)を指標にする会社は多いが、資金残高自体を数値目標に掲げている会社は耳にしたことがない。記事にある「キャッシュ信仰」とはこの特異性を指して言ったものなのだろう。 では、このキャッシュ信仰はなぜ企業価値を抑えると懸念されるのだろうか。
問題は企業活動のプロセスはお金を稼いで終わりとはいかないところにある。増やしたおカネは再投資に回すか、株主に還元する必要がある。 なぜなら株主が考えているのは、キャッシュ(資産)を増やし続けることだからだ。キャッシュのままではキャッシュは生まない(記事では、現在は預金金利が低いことを問題にしているが、仮に金利が上がってもそのときはインフレのはずだから、いずれにしても預金の実質利回りは相対的に低い)。 企業は金融資産以上の利回りを 株主から期待されている。もし、投資機会がないなら自社株買いや配当によって株主にキャッシュを還元しなければならない。企業が無意味にキャッシュを抱えることは資産効率の低下を意味し、企業価値と株価の低下を招く。
繰り返しになるが、キャッシュ自身にキャッシュを生み出す力はない。キャッシュを生み出す力の根源は何かと言えば、企業の収益力である。キャッシュ信仰の経営には企業の収益力を損なう懸念がある。 キャッシュフローの大きな構成要素は利益と運転資本と投資である。したがって、キャッシュローを手っ取り早く改善しようとすれば、人員(人件費)を減らし、在庫を減らし、投資を減らせばいい。事実、松下はこの3つを実行している。 減らしたのが無駄な人員や在庫や投資であれば問題ない。が、必要な分まで減らしてしまうと企業は縮小均衡を余儀なくされる。特に松下の場合、研究開発や設備投資の減少は慎重に検討されるべきだろう。
思うに、日本企業の経営行動を見ていると、ものごと(財務)の体系が十分に理解されていないようだ。整理すれば、企業価値はその企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローがベースになる。そして、キャッシュフローのベースになるのは企業収益である。 企業価値 << キャッシュフロー << 企業収益(利益) 一方で、利益とキャッシュフローにはトレードオフの面もある。利益を上げるためには設備や運転資本に先行投資をする必要があり、キャッシュの減少をもたらす。しかし、これなくして利益が上がることはなく、キャッシュは増えない。
しかし、今度はその反動で目先のキャッシュフローの改善を急ぐばかりに企業の収益力を損ねることも懸念されている。とりわけ稼いだキャッシュを投資に回さず、負債の返済に充てるという最近の企業行動は日本企業の将来的な国際競争力を弱めると危惧されている。
企業(価値)にとって、利益はすべてではない。しかし、最重要の要素である。このバランス感覚こそが企業価値を高める上で経営者に求められているものだろう。 ■キャッシュフローと利益の関係、両者の企業価値における位置づけを正しく理解してバランス感覚を失わないことが企業経営にとって重要である。 |
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