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株安、企業年金を直撃

 

記事要旨 【2003年3月12日 日経金融】

 
 株安が企業年金を直撃している。日経平均株価の7900円割れで、2002年度の企業年金運用利回りは過去最悪になる可能性が出てきた。新たに発生した積み立て不測の穴埋めで企業の負担は一段と増し、来期以降の業績の足を引っ張る懸念がある。

 負担を減らしたい企業の間では、厚生年金基金の代行返上や基金解散などに踏み込む動きが加速しそうだ。

 今年度の企業年金の運用利回りは、日経平均株価が8500円台だった昨年末までの累計でマイナス10.4%。その後の市況から推定すると、直近ではマイナス11.6%程度に悪化したもようだ。

 企業年金の運用が悪化すると、 母体企業は期待していた利回りとの差額を新たな積み立て不足として認識、一定期間で償却しなければならない。これが営業利益を圧迫する原因となるため、巨額の年金資産を持つ企業では厚生年金の代行返上の動きが加速している。

 キヤノンは3月1日付で代行返上の認可を受けた。4-12月の運用利回りがマイナス7%強となり、積み立て不足が330億円に膨らんでいた。「しばらく運用環境の改善は期待できない」(田中稔三専務)と、代行返上で負担を軽くする。

 厚生労働省によると3月1日までに代行返上の認可を受けた企業年金は422と、全体の約4分の1に達する。基金を維持しきれずに解散に踏み込む企業も相次いでおり、企業が従業員の老後の面倒を見る図式が崩れていきそうだ。

 

解説・コメント


まず、「
厚生年金の代行返上」について解説をしておこう

 公的年金制度は各種あるが、サラリーマンの場合は厚生年金が基礎となり、通常誰でも加入している。厚生年金基金とは、企業が退職金制度として厚生年金の上乗せとして追加的に設立するものである。この際、厚生年金基金は、厚生年金保険料の一部を年金基金と一緒に運用することができる。これを代行部分という

 厚生年金と年金基金は基本的に別勘定のものである。では、なぜ代行部分があるかいうと、運用規模を大きくして基金を安定させるためである。運用基金は規模が大きい方が分散投資もしやすくなり、収益は安定する。また、代行部分は運用が一定利回りを超えた分は基金の収益とすることができるというメリットもある

 ところが、近年のように運用環境が悪化すると代行部分がかえって「逆ザヤ」として企業の追加負担となる。そのため、企業がこれ以上のリスクと負担を軽減しようと代行部分の運用を返上するようになったのである(代行返上は2002年から認められるようになった)。

 ちなみに、この代行返上をするために運用株式を売却して現金化しようと動きが続いている。代行返上が株式の需給悪化による相場の低迷を招き、いっそうの運用利回りの低下をもたらすという悪循環に陥っている。


■さて、企業の退職金制度は様々あるが、中堅以上の企業では何らかの退職年金制度を採用していることが多い。 こうした退職年金制度の特徴は、年金原資を外部に積み立てることにある。外部拠出することにより、企業が倒産しても従業員の退職金は保全される。税務上も優遇されている。

 拠出された資金は当然運用される。従業員の退職資金の運用ということで安全性を重視した債券投資が中心であるが、規制緩和もあって株式運用の比率も高まってきている。

 運用はうまくいけば、当然企業の負担(拠出)は少なくなる。 特に年金積み立ては長期に及ぶものなのでその影響は大きい。たとえば20年後の1,000万円を用意するに必要な年間積み立て額は単純に考えれば年50万円だが、年3%の運用が見込めるとすれば年36万円と約7割の負担で済む。

 企業年金はこのように運用益が得られることを前提に制度設計されている。逆に言えば、運用がうまく行かなければその分の積み立て不足が生じる。企業にとっては大きな負担だ。


企業年金あるいは退職金の問題は、財務の枠を超えて深刻な経営課題となっている。もちろんこれは運用環境の悪化が直接の原因なわけだが、問題の本質は企業経営がとてつもないマーケット・リスクに晒されているということにある

 社歴が長く、中高年も多く抱える企業では退職債務は莫大な金額にのぼる。そして、そのための積み立てがマーケット・リスクに晒される。昨年、富士通について退職債務の積み立て不足を考慮すると債務超過になるおそれがあるという記事で出て、株価が下落することがあった。それほどリスクの規模は大きい。いくら本業で利益を上げても、その努力を簡単に帳消しにされてしまうのである。

 にもかかわらず、退職債務に関するリスクは長い間認識されることすらなかった。経済が右肩上がりでリスクが顕在化することがなかったことが前提であるが、退職債務特有の問題としてリスクが簡単に認識されにくい点が指摘される。

 マーケット・リスクという点では、企業の保有株式も同様である。ただ、こちらの場合、何をどれだけ保有しているか把握しているので直感的にリスクを認識できる。

 一方、退職年金の場合、企業外部で積み立て運用がなされ、その積み立ては費用処理されて企業のバランスシートに計上されない。企業としては直接リスクを把握する立場にない。さらに年金の積み立ては運用利回りや従業員の退職率など将来に対する多くの仮定に依存し、積み立て不足は専門家に計算を依頼する必要がある。

 
■リスク管理の第一歩はリスクを認識するところから始まる。そして、リスクの認識はしくみを理解するところから始まる。いちばんまずいのは 、ものごとをブラックボックスにしてしまうことだ。投資の世界でも「しくみの分からない商品には手を出すな」とよく言われる。

 企業年金の例で言えば、「正確な」計算のためにはたしかに高度の専門知識が必要だが、基本的なしくみは難解なものではない。 「儲かることを前提に株や債券に投資ながら積立をしている」ことさえ理解できれば、運用リスクが伴うこと、しかも積立型のためリスクは年々大きくなっていくことを認識できるはずだ

 さて、仮にリスクを認識したとしても、企業年金の場合、次の問題が生じる。リスクの測定である。年金債務は支払が現時点で行なわれるものではないため、将来の利回りが回復すれば積み立て不足も解消できると楽観的に考えがちだ。そうすると、ことの重大性を認識できず、打つ手が遅れる。リスク管理の原則では、まずは最悪のケースを想定して最大のリスク量を測定する。

 なお、リスクを認識・測定したら、具体的な対策を取ることになる。企業年金の例では運用の見直しや退職金制度の見直しが行なわれることになる。このへんの具体的な動きについては、別の記事のときに解説しよう。
 

リスク管理の基本はリスクを正しく認識するところから始まる。常にリスクを警戒しながら、ものごとのしくみの中にどういったリスクがあるかを考える習慣が重要だ。


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