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その自社株買い、愚か賢か

 

記事要旨 【2003年3月26日 日経金融】

 
 「なぜソニーは自社株買いをしないのか」−−。株価の下げ止らないソニーに、一部の投資家からはこんな声があがっている。ソニーは昨年、最大6500億円の自社株取得枠を設定したが、これまで1株も自社株買いをしていない

 ソニーでは「まだ自社株買いをする状況ではない」と、具体的な理由の説明を避けるが、「現在の株価水準では決して株主の利益にならない」との指摘がある

 1株当たり純資産と株価の差は、投資家の企業に対する期待の表れであるプレミアムだ。株価純資産倍率(PBR)が1倍を上回る企業が自社株買いを実施した場合、そのプレミアム分の現預金が流出し、株主資本を毀損する

 これに対し、株数が減少した分だけ1株当たり利益は増加する。だが、長期間安定して収益を上げていかないと、株主資本の目減り分を補えず、株主資本比率の低下などの逆効果がある

 ファナックはすでに今期分の自社株取得枠を完全消化した。PBRが2倍を超える水準での自社株買いには疑問の声も多い。試算では、仮に安定的に現在の水準の利益を出したとして、株主資本の目減り分を補うには20年かかる。

 一方、トヨタ自動車の場合もPBRは1倍を上回っているが、株主資本の目減り分をカバーするのにかかるのは4年程度。「需給不安の解消策として合理性がある」との評価だ

 

解説・コメント


記事にある「株主資本の毀損」について、数字を用いながら確認してみよう

 今、純資産(株主資本)が50億円、発行済み株式数が1万株、株価が1株100万円の会社A社を想定してみよう。このとき、1株当たり純資産(BPS)は50万円 (50億円/1万株)、株価純資産倍率(PBR)は2倍(100万円/50万円)である

 ここでA社が今、株式の1割に当たる1千株について自社株買いしたとする。市場からマーケット価格(1株100万円、総額10億円)で買い入れて消却すると、A社の財務状況はどうなるだろうか?

 純資産は自社株を買った10億円減って40億円になる。単純に考えると、株式の10%を買い入れるのだがら株主の持分である純資産も10%減って45億円と考えたいところだ 。しかし、実際には5億円「余計に」減って40億円となる


この余計な5億円は何かと言えば、1株当たり純資産50万円と株価100万円の差に起因するものである((株価100万円−BPS50万円)×買入株式数1千株=5億円)。そして、1株当たり純資産と株価の差は何かと言えば、記事にあるように将来に対する期待である

  株価の構成要素は大きく分けて3つある。1つにもともとの出資金である払込資本。2つにこれまでの利益の蓄積である内部留保。そして3つに将来期待される利益である事業価値である。 会社の純資産はこのうち払込資本と内部留保とで構成されている。
 

株 価
100万円
プレミアム
50万円

事業価値 50万円

純資産
50万円

払込資本 25万円

内部留保 25万円

 
 今、A社の1株当たりの払込資本が25万円とすれば、株価の内訳は上図のとおりだ。1株当たり純資産50万円に将来の儲けの期待値50万円がプレミアムとして上乗せされて、100万円という株価がついている。

 株主資本の毀損」とは、自社株買いに応じる人、すなわち株主をやめる人に対して将来の利益まで上乗せして株式の払い戻しをすることから生じる。その結果、必要以上に(株主の持分以上に)純資産を減少させ、株主を続ける人を犠牲にしてしまうというものである

 会社を清算するなら将来に対するプレミアムまで払い戻す必要はない。だが、事業を継続する以上、プレミアムのついた株価で払い戻すほかないのである。


さて、記事ではファナックを「愚」、トヨタを「賢」としているが、その意味を少し考えてみよう。考え方の基礎になるのはPBRとPER(株価収益率)の概念である。

 まず、PBRが大きいということは、上述したプレミアムが大きいことをする。その分、自社株買いによる株主資本の毀損も大きい。ファナックの場合、2.2倍だから自社株買いした金額の1.2/2.2がプレミアムによる株主資本の目減りとなる。

 さらに問題とされているのは、ファナックが高PERの会社だからである。PERとは株価が年間利益の何倍かを示す指標で、ファナックの場合、35倍となっている。株価に35年分の利益が織り込まれているわけである。

 この結果、資本の目減り分(プレミアム分)を利益で回復するには、

   1.2/2.2 × 35年 = 19年

かかることになる(厳密には自社株買いによるPERの低下を織り込む必要がある)。PBR、PERがともに高い結果、株主資本の毀損が大きく、さらにそれを回復するのにも時間がかかるのである。

 
一方、トヨタの場合、PBRが1.8倍、PERが11倍と双方の値とも相対的にファナックより低い。このため、株主資本の毀損が小さく、また目減りの回復も早い。持ち合い解消の受け皿として自社株買いで株価を下支えするメリットの方が大きいとされているわけである

 整理すれば、PBR、PERが高い会社の自社株買いは「愚」、低い会社の場合は「賢」ということになるのだろう。ファイナンスの教科書でも、自社株が割安なときには自社株買いが企業価値を高め、株主の利益になると教える。但し、ここでいう「割安」とは必ずしもPBRやPERの絶対水準を指すものではない。

 PERが高いということはそれだけ利益成長を期待されているわけだが、経営陣が市場評価以上に成長できる(その分、株価が割安)と考えるなら、自社株買いは正当化される。会社を低く評価する株主(株主を売りたい人)から会社を高く評価する株主(株主を続ける人)に過小評価分の企業価値が移転されるからだ。

 持ち合い解消や厚生年金基金の代行返上など株式市場では需給悪化懸念が続いている。こうした中、目先の株価対策だけで財務体質の悪い会社まで自社株買いに走ると、経営上大きな禍根を残すことになろう
 

自社株買いは目先の株価対策だけでなく、財務体質への影響や将来的な事業計画を冷静に見定めて行う必要がある


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