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今回の見直しは与党三党の要請に応じた。三党は、「@固定資産の減損会計について2006年3月期を予定している強制導入を2年延期、A長期保有している有価証券について取得価格での評価も認め、時価評価との選択性とする」の2点に関して早急な見直し検討を求めていた。 時価会計では株価が上がれば株主資本が増えるが、株価下落のなかでは企業収益を圧迫。減損会計導入も企業業績の悪化要因となって株価下落の材料にされかねないとの見方が浮上したためだ。 11日開かれた協議会では、見直しに意見が分かれた。「基準を見直せば日本経済に対する信頼が失われる」(監査法人代表社員)との発言もあったが、「危機的なデフレ下にあり、改めて議論すべきだ」(保険会社役員)との意見もあった。 会計基準委では早急に議論を進めるが、幅広い意見聴取も重視しており結論には少なくとも1ヶ月かかる見通し。3月決算の発表は今月下旬から本格化するため、時価会計の凍結は間に合わない公算が大きい。
与党や彼らに与する立場の言い分は次のようなものだ。時価会計適用による財務内容の悪化は株価の下落を招き、株式相場の低迷がさらなる財務内容悪化という悪循環を生む。また、減損会計導入に伴い企業が不採算の不動産を売却し、地価の下落を招く。会計問題が実体経済にも悪影響を与えているというものだ。 彼らは現象面だけで議論しており、問題の本質が分かっていない。まず、時価会計や減損会計を凍結したところで、表面的な決算数値を繕うことはできても財務実態に変化はない。金融庁の局長が言い得て妙なことを言っていた。曰く、「ものさしを変えても、ものの大きさは変わらない」と。 しかも、時価会計については仮に決算数値に直接反映させなくても有価証券の時価情報は開示しなければならないので、含み損益は把握できる。減損会計についてもマーケットは推計をしながら株価に織り込んでいる。マーケットは会計数値を鵜呑みにしない。証券アナリストがマニアックなほどに決算数値を「ものの大きさ」に合わせて修正してくれる。
この3月期、多くの企業が銀行株を中心に多額の株式評価損を計上し、そのために最終赤字に転落した。経営者はさぞマーケットを恨めしく思っていることだろう。しかしながら、責任は経営者にあると言わざるを得ない。「株価は今が底」と信じ続けて株式の処分を先延ばしにしたツケを払ったに過ぎない。 減損会計についても、問題の所在は収益性を十分に検討せずに投資をしために投資回収ができなくなっているという経営行動にあるのであり、会計基準が問題なわけではない。むしろ、不採算な投資案件を把握することをしないなら、いつまでも日本企業の投資管理は甘いままで資本効率は一向に上がらず、それこそ株価の低迷を招くだろう。 財務実態を適切に把握しない会計は経営判断の誤りを招く。粉飾決算がいけないのは単に関係者をだます行為だからではない。経営者自身が経営実態を把握できなくなって、経営判断の誤りをさらに重ねるからだ。
日本に限らず、現在、世界の金融市場ではヘッジファンドが幅を利かせている。ヘッジファンドとは超富裕層から集めた巨額の資金をもとに様々な金融技法を用いて投資運用する投資ファンドである。日本の株式市場もいいようにヘッジファンドに弄ばれている。 さらに問題とされているのは、ファナックが高PERの会社だからである。PERとは株価が年間利益の何倍かを示す指標で、ファナックの場合、35倍となっている。株価に35年分の利益が織り込まれているわけである。 ヘッジファンドにとって必要なのは「材料」だ。今週、「企業年金の代行返上」をテーマに国際優良株が 悲惨な下げ方をした。ヘッジファンドが代行返上に伴う株式需給悪化を材料に売り浴びせを行なったのが主因だ。それが投資家の狼狽売りを誘い、売りが売りを呼ぶ展開となった。 これによってヘッジファンドは空売り(保有していない株を保険会社などから借りて売ること)した株を株価の下がったところで買い戻し、巨額の収益を上げることができるはずだ。
株価対策の基本は、ヘッジファンドが付け入るスキを与えないことだ。たとえば、「代行返上」に関してなら、返上に際して株式の物納を認めれば、株式の換金売りはなくなる。そうすれば、代行返上を材料に売り込まれることもなくなる。会計基準の操作を考えるくらいなら、こちらをすぐに実行に移すべきだ。 「スキを与えない」という意味では個別の企業も同様だ。もし仮に時価会計の凍結が実現したとしても取得原価方式に逆戻りする企業は少数派のはずだ。そうした企業の株は「財務の弱い会社」として徹底的に売り込まれるだろう。また、スキという意味では不祥事はもちろん、情報開示の姿勢もそうだ。
今週、オリックスは航海会社向けの債権の内訳を公開した。カナダの航空会社の経営破たんで航空会社向けにリース債権を抱える同社に株価下落の圧力が高まったためだ。市場関係者からは、「予想より債権額は少なく、リスク分散もされている」と評価された。スキを与えないという意味では一定の効果はあったと言えよう。 ■財務実態を正しく認識することは正しい経営判断の第一歩であり、財務実態を正しく伝えることは株価対策の第一歩でもある。 |
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