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新株発行の死角 市場、希薄化見透かす

 

記事要旨 【2003年7月26日 日経】

 
 
先週末、ニプロがユニークな方法で140億円の資金を調達した。新型の転換社債を発行したのだ。「転換社債でありながら株式価値の希薄化を防ぐことができる」というのがうたい文句だ

 転換価格よりも1割以上高くならなければ、投資家は株式に転換できない制限条項が付いているのがポイント。会計基準の変更でこうした転換社債は潜在株式に含めなくていいルールに変わった。発行額が株式時価総額の約12%に達したが、計算上の1株利益は希薄化しないで済んだ

 しかも投資家に期限前に償還を請求できる権利を与えるなどで、表面利率はゼロにできた。 ニプロは「有利子負債を増やさずに償還までの期間が20年という長期の資金を確保したうえ、1株利益の希薄化も防げた」と胸を張る

 だが、市場は額面通りには受け止めなかった。起債を発表した6月末を境に株価は下落基調に転じた。発行時は希薄化しないといっても、株価が上がれば転換が進み、希薄化が起こってしまうからだ

 株式相場の低迷にもかかわらず転換社債の発行は高水準で推移している。表面利率をゼロに設定し、金利負担なしで資金調達をしようとする企業が増えているのが背景だ

 株式による調達コストはゼロという錯覚は、バブル崩壊を経た今でも日本企業には色濃く残っている。本来、負債よりも高いコストを払って調達した株主資本を有効に生かすためにも、株式発行の規律が問われている

 

解説・コメント


はじめに基本的なことを解説しておこう。会社の資金調達の方法にはいろいろあるが、大きく言えば3つある。1つは株式発行、2つは借入、3つは社債の発行である。社債はいわば国債の会社版であり、借金を債券として分割して発行することで多くの人から分散して借入をするものである
 

 社債にもいくつか種類がある。シンプルなのは、一定期日ごとに金利を支払いながら償還期限に債券額を返済するものだ。記事にある転換社債とは、文字どおり、一定金額で株式に転換できる社債をいう

 たとえば、転換価格1株25万円で債券額面100万円の転換社債があるとすると、社債の持ち主(社債権者)は100万円の社債償還を受ける代わりに100万円分(4株)の株式に転換することができる。社債権者は株価が転換価格を上回れば、株式に転換して株式を売却すれば売却 益を得られる

 一方、株価が低迷すれば社債として保有し償還を待てばいい。社債の安全性と株式の収益性のいいとこ取りをしたようなもので、その分社債としての金利は低く、マイナスのケースもある(金利がマイナスとは、100万円の債券だが、購入金額は102万円に設定するようなことを指す)。


■通常の株式発行を含め、転換社債の発行など株式の発行を伴う資金調達をエクイティ・ファイナンスという
。会社としては資金が必要だからエクイティ・ファイナンスをするわけでいいことなのだろうが、株主からすると問題がある。それが記事にある希薄化だ

 エクイティ・ファイナンスを実施すれば、会社の株式数は増加する。転換社債のようにすぐには株式の発行数は増えない場合でも一定金額での株式発行の可能性(潜在株式)があるわけで、株価が上昇すれば確実に株式数は増加する

  株式数が増加すれば、既存株主のシェアが低下する。株式の増加ペース以上に期待利益が増えなければ、既存株主にとっての利益の取り分(1株当たり利益)は減ることになり、既存の株式の価値はその分毀損する。これが「希薄化」であり、これを嫌ってニプロの株価は下落した


■会社側によると、希薄化が防げたという。しかし、これは会計ルール上の話で、市場が見透かしたとおり実質的には希薄化は生じる。この社債は外資系の証券会社が「開発」したものだが、このようなルールの隙間をつく「商品」の開発は外資系証券の得意とするところだ。

 会社側が本当に希薄化が防げたと考えているなら、悪い言い方をすれば、「証券会社に乗せられた」という見方もできる。会計上のルールさえクリアできればという「ルール思考」で会社が動いているとすれば、会社の財務(担当者の)能力 や考え方がいささか心配になる

 会計と財務の違いは、会計は「ルール思考」、財務は「実質思考」という点にある。会計も本来は企業の財務実態(実質)をどうやって利害関係者に向けて表現するかという考え方が基礎になるのだが、すべての企業にパーフェクトな会計ルールは存在しないため、どうしても会計と財務に齟齬が生じる。

 では経営は会計と財務のどちらを見て判断すべきかと言えば、もちろん財務的に判断すべきものだ。経営は机上のゲームや辻褄合わせではないので、実質思考でいかないと方向性を間違える。ルール思考で進むと証券会社に無駄な手数料を払うだけで、最終的には現実に直面せざるを得ず、回り道をすることになる。

 
株式の調達コスト(資本コスト)についても会計と財務の大きな齟齬の1つだ。借入では資本コストが金利として契約上明示されており、会計ルール上もコストとして認識される。一方、株式の場合、投資家の期待利回り(配当と株価値上がりへの期待)が資本コストなわけだが、会計上は正しく認識されないため、株式の調達コストはゼロという錯覚も生じてしまう

 合理的に考えれば、株式は債権者よりも利益配分や清算配当の順番が不利で、しかも価格変動リスクもあることから株主は借入より高い利回りを期待していることは明らかだ。すなわち、会社は借入よりも高い資本コストを要求されている。世の中、一方的に誰かに万事有利なしくみはない。あるとすれば、詐欺か錯覚のいずれかだ。

 ニプロのケースに戻ると、現在の金利情勢を考えれば普通社債という道もあったろうし、逆に業績向上に自信があるなら増資という手もあったはずだ。今回のしくみは、中途半端に業績が向上すれば既存株主の権利希薄化という問題が生じ、業績不振に陥れば社債償還請求の殺到によって信用不安を招くおそれもある。「バランスの取れた」スキームは、得てして中途半端なものになってしまいがちだ


近年の相次ぐ会計ルールの変更により企業は多額の損失計上を余儀なくされ、政財界から「会計問題」を議論する声も上がった。 最近、会計士協会の役員が国会議員に会った際にいきなり、「この不況は会計士のせいだ」と言われたという

 個人的なことをいうと、最近、会計という言葉をつかうのにためらいを感じるようになった。議論が矮小化されてしまう気がするからだ。専門家や担当者以外の人にとって、所詮、会計は財務を議論する際の言語に過ぎない。会計士としては暴論かも知れないが、会計ルールの勉強に深入りすることはむしろ弊害さえある。

 読者の皆さんには会計と財務の位置づけを正しく認識して、財務ベースでものを見、考える習慣を身に付けていただけたらと思う
 

経営は表面的な会計ルールに基づく判断では方向性を誤ることがある。ルールや錯覚にとらわれず、多面的かつ実質ベースで財務を判断する習慣が重要だ


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