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会計の資産評価法には簿価主義である取得原価方式と、時価主義である再調達原価方式とがある。内部告発された資料によると、財務諸表は取得原価方式により資産評価され、6200億円の債務超過になっている。 以前に着工された高速道路の取得原価は低いので、この方式では資産価額が低く出る可能性がある。世界的に会計が時価主義に移行するなかで、取得原価方式に問題はないのだろうか。 一方、再調達原価方式は、再調達市場が完全市場であれば理論的には収益還元方式と一致するので、ファイナンスの実務からも再調達原価方式の方が望ましい。 さらに、将来キャッシュフローを算出しなければならない収益還元方式は、競争関係にある一般企業に適用することは困難だが、道路公団はほぼ独占企業であり、将来キャッシュフローは安定しているので、むしろ収益還元方式を適用すべきである。 道路サービスが非競争的で独占的な高い料金を徴収できる限り、道路公団の資産価値は高く、債務超過にはならないだろう。
問題点を指摘する前に、モノの値段(資産価値)について投資マンションを例にとって持ち主と買い手の立場から整理してみよう。 マンションの持ち主にとっての資産価値は、利用価値と売却価値とに整理できる。利用価値はこのマンションを貸すことによって得られる収益(の総和)である。家賃から諸費用を差し引いていくら手元に残り、それが何年くらい見込めるかで価値が決まる。一方、売却価値は単に売ったらいくらかというものだ。 翻って、買い手にとっての価値としては再調達価格と収益還元価値とが考えられる。再調達価格は今同じマンションを建てるとしたらいくらかというものだ。収益還元価値は、持ち主にとっての利用価値の裏返しで 、マンションから得られる収益からしていくらだったら採算が合うかというものだ。
一方、買い手からしても収益還元価値よりも高い買い物はしない。たとえばこのマンションは今作れば1億円かかると言われても、投資採算に合うのが6000万円だとしたら、その物件は6000万円以上では買わないはずだ。結果、その物件は6000万円以下でしか買い手がつかない。 このように資産の持ち主・買い手が合理的に行動すると、資産の価値・値段は収益還元価値に収斂する。 記事にある「再調達原価は、理論的には収益還元方式と一致する」というくだりもこのことを言いたいのだろう。
道路公団の財務諸表における時価評価は、私の理解では狭義の再調達原価をベースにしている。収益還元価値ではない。公団が、収益還元価値で見れば5000億円の価値しかないのに、今作れば1兆円かかるから1兆円の資産価値があると強弁しているのだとしたら、これは問題と言わざるを得ない。 また記事では、収益還元価値で評価すれば公団は債務超過にならないとしているが、本当にそうだろうか。取得原価ベースでの財務諸表(バランスシート)が債務超過だとしたら、それは公団が損益ベースで赤字を垂れ流してきたことを意味する。そもそも、経営が問題だから道路公団のあり方が議論されているわけだ。 評価の基礎となる収益が赤字なのだから、収益還元価値で評価しても資産価値は高くなるはずがない。小難しい理論を持ち出さなくても直感的に分かるはずだ。さらに独占企業だから債務超過にならないという主張も乱暴すぎる。 完全独占でない以上(一般道や鉄道といった代替財が存在する以上)、需要を超える過大投資をすれば、独占企業といえども破たんする。
したがって、公団の財務内容を調査するのなら、路線ごとの採算性(フロー)が重点になって然るべきだ。それを受けて収益還元価値で資産評価するなら意味はある。資産評価先にありきの話ではない。 (企業の財務リストラにあたっては事業ごとの採算性だけでなく、資産の売却価値も合わせて調査して、事業の継続か資産の売却かを判断する。しかし道路公団の場合、道路や橋に売却価値(転用可能性)があるとは思えないので、資産の売却価値を調査するというよりは不採算路線を閉鎖する場合のコストを調べることが重要になろう)
かつて国鉄民営化に伴い国民は20兆円以上の債務を負担した。国民は道路公団でも同じようなことが生じないか懸念している。ここに道路公団問題の原点があるはずだ。会計や財務の話になると、徒に技術論に走りたがる人がいるが、こうした人たちは往々にして問題の原点を忘れ、無意味な議論を繰り返す。自省もこめて、注意が必要だ。 ■会計や財務の議論は得てして技術論に陥りがちだ。 問題の本質や常識から離れた議論になっていないか、注意してみる必要がある。 |
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