管理会計上の概念に、「埋没原価(サンク・コスト:sunk
cost)」というのがあります。経営の意思決定上、大変重要な概念ですが、一般の人には馴染みにくいものです。そこで、設例を使って説明しましょう。
――●「原価」割れ受注の可否
事業の中には、季節変動が激しい業種もあります。たとえば印刷業もそのひとつです。年末には年賀状や歳末セールのチラシなど印刷需要が膨み、まさに書き入れ時を迎えます。一方、いわゆるニ・八(2月・8月)には、商業印刷の需要も減るので売上は伸びません。
さて、その印刷業を営むA社があります。A社の2月のコスト構成は次のようなものだったと
します(印刷枚数60万枚)。
材料費 1,500万円(1枚あたり@25円)
人件費 3,000万円
償却費 1,500万円
6,000万円(製造単価@100円)
(なお、月間の印刷能力は人員・設備ともに100万枚で、現状40万枚の余裕があります)
今、B社から、「格安でできるなら、ダイレクト・メールを40万枚発注したい」という打診が来ました。A社は一体いくら以上の価格なら、この依頼を受注すべきなのでしょうか。ちなみに、受注して合計100万枚印刷紙したときのコストは次のようになります。
材料費 2,500万円(1枚あたり@25円)
人件費 3,000万円(1枚あたり@30円)
償却費 1,500万円(1枚あたり@15円)
7,000万円(製造単価 @70円)
この問いに対しては、3つの「回答」が考えられます。1)70円以上、2)55円以上、3)25円以上、の3通りです。
――●考慮に入れるべき原価と入れざるべき原価
果たして正解は、3)の25円以上です。では何故、1)や2)は「不正解」なのでしょう。まず、1)、2)の考え方を確認しておきましょう。
1)の答えは、8月の総製造原価は7,000万円で単価70円なのだから、70円以上の価格にしないと損が出る、という発想に基づくものです。
一方
、2)は、キャッシュベースで見た場合、償却費は関係ないから、キャッシュベースでの原価(材料費と人件費)を賄うだけの価格55円(=材料費25円+人件費30円)が最低必要だという考えです。
どちらもそれなりに正しいように思えます。しかし、この2つの誤りは、今は40万枚のDM受注の是非を検討しているのに、その他60万枚分のコストと合算して答えを出しているところにあります。この問いのポイントは、追加受注に直接かかる経費だけをピックアップして検討するところにあります。
上のコストの中で、人件費と償却費は印刷枚数が60万枚でも100万枚でも同じです。印刷能力の範囲内に収まっている固定費だからです。受注をしなかった場合でも、両者で同じだけのコスト4,500万円がかかります。
すなわち、このコストはどういう意思決定(受注の是非)をしようが、それと関係なく発生するのです。ということは、このコストはこの問いの検討要素に入れてはならないということが分かります。
このように、意思決定に影響を与えないコストのことを、「埋没原価(サンク・コスト)」というのです。
結局、追加受注により追加的に発生するコストは材料費だけです。したがって、材料費(1枚あたり25円)を超える価格であれば、DM印刷を受注してもよいという結論を得ます。全体を平均すればたしかに原価割れですが、固定費の回収には貢献します。