前の頁では、資本コストがその性質上把握しにくい、それゆえ意識しにくいものであることを見てきました。しかし、これだけでは日本企業の利回り(収益性)の低さを説明できません。そこで、日本における資本コストの特殊事情を探ってみましょう。
資本コストに対する意識が低かったということは、裏を返せば、その分資本コストに対するプレッシャーが軽かったと言い換えることができます。そこで、この「プレッシャーの軽さ」を負債と株式(資本)に分けて整理してみましょう。
――●抑制された金利負担
負債における資本コスト=プレッシャーは金利負担です。戦後の実質的な金利負担は、抑制された水準の中で推移してきました。その背景を見ていきましょう。
まず、高度成長期のインフレを指摘できます。たとえば今、15億円の借入をした後で、5年間に50%のインフレがあったとしましょう。50%のインフレは、貨幣価値が3分の2に下がることを意味しますから、15億円の借入金は実質的に10億円になっています。
すなわち、時間が借入金を返済してくれたわけです。約定金利との兼ね合いもありますが、事実上、実質金利がマイナスになる状況もあったことでしょう。
次に挙げられるのが、銀行貸し出しにおけるいわゆる担保主義です。ステレオタイプな説明をそのまま借りれば、とりわけ1960〜70年代以降、銀行の貸し出し基準は、その会社の事業内容というより土地の担保価値に置かれてきました。
そのため、事業内容としてはリスクが高く、信用力の低い会社でも、土地さえあれば融資を受けることができました。更に地価の上昇により担保余力が増せば、それだけで追加融資を受けることも可能でした。
この際、無担保融資に比べれば、金利負担が相対的に低かったことは言うまでもありません。
3つ目に指摘できるのが、政府による規制とそれを背景にした銀行の横並び主義です。政府が金利を規制して産業振興に努めたことと、上述の土地担保主義とが相俟って、金融機関では貸出先の事業リスクに応じた自由な(柔軟な)金利設定がほとんど行なわれてきませんでした。
貸出金利は(その反面の預金金利も)全体として低く抑えられ、また、大企業と中小企業における貸出金利の金利差も、米国などに比べれば小さなものでした。
こうしたことにより、負債サイドから経営者にかけられるプレッシャーは抑制されたものになったのです。
――●もの言わぬ株主
さて、一方の株主からのプレッシャーもかなり弱いものでした。本来、株主は株価の上昇や配当の増額を求めて、経営改善を図るよう、経営陣に対しまさにプレッシャーをかけるべき存在です。ところが周知のように、日本では「もの言わぬ株主」が大半を占めてきました。
その典型が株式の持ち合いです。金融機関や取引先、企業グループ(三菱グループなど)会社の間でお互いの株式を持ち合い、「仲良しクラブ」を形成する。(少なくとも「平時」には)お互いの経営内容に口をはさむことなく、安定株主としてそれぞれに経営陣を支え合う。
もの言わぬ株主でもうひとつ指摘できるのは、機関投資家の態度です。中でも日米の違いを対照されるのが、企業年金の資産運用を担当する機関投資家です。
現在(80年代以降)は、「年金資本主義」という言葉があるくらい、企業年金の掛金が大量に株式市場に流入し、その運用を担当する機関投資家の影響力が極めて強大なものになっています(多くの会社の筆頭株主に名を連ねています)。
この点で、米国の年金資産の運用は、まさに「資本の論理」で動いています。カルパースに代表される年金基金は、自ら資金運用を行ない、あるいは投資顧問会社に運用成績を競わせながら資金運用を委託しています。投資先の企業に対しても、経営陣の交替要求も含め、投資価値の向上を目指してプレッシャーをかけ続けます。
これにひきかえ、日本の年金資産の運用は、保険会社や信託銀行に丸投げというのが一般的です。しかも、委託先の選択は取引上の付き合いなどが重視され、しがらみの中で運用成績が悪くても滅多に変更されない環境になっています。
ある電機メーカーでは、「自社のエレベーターの納入台数で委託額のシェア割りを決めている」、などという話も聞いたことがあります。
年金基金から機関投資家(保険会社、信託銀行)へのプレッシャーが小さければ、機関投資家から投資先に対するプレッシャーも自ずと小さくなります。最近でこそ、「方針転換」を打ち出したところも登場してきましたが、米国に比べれば、まだまだ「静か」なものでしょう。
こうした環境の中では、「会社は株主のもの」という感覚や、「株主は高い利回りを期待している」という意識が身に付くはずもありません。
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日本企業は、こうしてプレッシャーの低い中で生きてきました。プレッシャーの低さは、ハードルの低さと置き換えることができます。このハードルの低さこそが、日本企業の運動能力(収益力)の向上を妨げてきたのです。