さて、次にコインの裏表の関係をもう少し具体的に見ていきましょう。
――●ハードル・レートとは
前ページの連鎖関係は少し複雑なので、単純化したパターンで考えてみます。今、あなたが事業会社の経営者だとして、株主から20%の投資利回りを期待されているとしましょう。あなたは個別の案件に投資して収益を上げ、投資家の期待を満たさなければなりません。このとき、個別案件に対する投資基準は一体何になるでしょう。
きっと、個別案件ベースで最低利回り20%が基準となることでしょう。株主から全体として20%の利回りを期待されているなら、それを稼ぐための個別投資も20%が基準になるはずです。利回りが20%以上見込めない案件にいくら投資しても、株主の期待に応えることはできません。
これがハードル・レートの基本的な考え方です。資金の調達コスト(資金提供者の期待利回り)をベースにして、それを賄う上で必要となる投資の基準利回り。
投資にはキャッシュが必要であり、どこかからその資金を調達してこなければなりません。一方、おカネを出す側からすれば、おカネを「タダ」で提供するわけにはいきませんから当然見返り(リターン)を要求します。このように、投資と資金調達、投資(運用)とリターンは表裏一体の関係にあり、両者を結びつけるのがハードル・レートなのです。
――●平均論とリスク・プレミアム
さて、上の説明はあくまで「基本的」な説明に過ぎません。現実の経営現場では(特にベンチャー企業に合っては)、修正が必要になります。
「全体として20%の利回りが必要なら、個別の案件についても20%以上の利回りが必要」――たしかにそのとおりですが、これは「平均論」でしかありません。
たとえば、「連鎖関係」を振り返ってベンチャーキャピタルが全体として20%の利回りを期待しているとしましょう(すなわち、ベンチャーキャピタルに投資している個人・法人がそれを期待している)。このときハードル・レートの基本的な考え方に従えば、個別のベンチャー企業へ投資するときも利回り20%が基準になるはずです。
しかし現実には20%がハードル・レートになることはありません。きっとはるかに高いはずです。何故でしょう。
それは個別案件にはリスクが伴うからです。ベンチャー投資はきわめてリスクの高い投資です。仮に今、ベンチャー投資が「当たる」のは5社のうち1社だとしましょう。このとき、4社への出資は紙くずです。当たった1社の株式が5倍になってようやっと収支トントンです。全体として20%の利回りを確保するためには、当たりの会社の株式が6倍にならなくてはなりません。
すべてが確実に20%のリターンを生み出すのなら、20%をハードルレートとするのが妥当でしょう。しかし、リスクがある場合にはその分を見込んでおかなければなりません。こうしたリスクに伴う上乗せ分を「リスク・プレミアム」といいます。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
企業全体としての資本コスト―必要利回り―を認識し(ベンチャーへの投資は「化ける」ことを期待したものなので極めて高いものでしょう)、さらに個々の案件のリスクを勘案して適切なハードル・レートを設定することが投資管理の第一歩になります。
(実際問題として起業段階にあって、こうしたことを教科書どおりに行なうケースはほとんどないでしょう。しかし、少なくとも外部株主はそれぞれに利回りを皮算用しており、きわめてハードルの高い資金をつかっているのだという認識をもつことは必要不可欠だと言えます。)
■
▼次のQ&Aに進む